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第21話

本記事は2018年1月28日に行われた第3回スチームパンク武装撮影会のストーリーになります



00_ロゴ 英国女王から秘密裏に奪われた幻のダイヤモンド、クーへヌール。
その奪還を狙う捜索隊を燻り出そうと企てられた火災は、一陣のスコールにより消し止められた。


捜索隊を挟撃すべく森の出口で待ち構えていた爆弾魔、マッドを返り討ちにした翡翠とミーナは、野営地へと急いだ。


そこで見つけたのは、ラバナーヌと思われる焼死体。
その横で泣きじゃくるモルゲンロートと、彼女をどうすることもできずにおろおろと立ち尽くしていたセイヤンの姿であった。


半ばパニック状態のモルゲンロートを翡翠がゆっくりとなだめる。


ぽつりぽつりと彼女の口から零れたのは、彼女が心神喪失するに余りある悲惨な事実だった。


モルゲンロートの通信機器がこの島に来て機能しなくなったこと。

それをファラメルディアスに打ち明けた矢先、圧力計の頭をした男に襲われたこと。

ファラメルディアスの死と、咄嗟の判断とは言え殺人を犯してしまったこと。

火事に気づき野営地に戻ってみると、ラバナーヌが死んでいたこと。



全てを打ち明けると、モルゲンロートは蹲み込んだまま動かなくなってしまった。

セイヤンが抱き起こし、乾いた地面に寝かせて自分の外套をかけた。


「依頼主のファラメルディアス様が亡くなられた今、捜索を続ける理由はございません。……モルゲンロート様は外傷はないものの、心身共にお疲れのご様子。明日の朝日を待って、島から出ましょう」

セイヤンの提案に、ミーナも翡翠も反論することはなかった。


男2人は火事の難を逃れた毛布と缶詰を跡地から見つけ出し、朝日が昇るまで交代で夜の番をすることにした。

ミーナは自分も番をすると言って聞かなかったが、まずは先に休むように言われて毛布をかけるとすやすやと眠りに落ち、起きる気配はなかった。


01_占い 深夜、翡翠は倒木に腰掛けて空を見上げていた。

ガラス製のアストロラーべを取り出す。今は午前2時だ。


ヘンゼル、ポワゾンが殺され、今日はファラメルディアスとラバナーヌが死んだ。

もはや英国女王のダイヤを探すどころか今晩を無事に生き残れる保証さえ無い。


ポケット水晶を取り出す。
青い球は眩い月の光とおぼろに反射する雲を受けて、地球儀のように斑にきらめいた。

翡翠はふと、昔に仕えていた主人の言葉を思い返す。



翡翠はかつてヨーロッパ小国に、宮廷の楽団員をしていた過去があった。

楽団員といえど儀典ばかりの堅苦しい仕事が嫌になった翡翠は、食事を絶って病を装い、仕事を辞めて国を出た。
今となっては占いや歌や芸で日銭を稼ぐ、気ままな吟遊詩人である。



02_かつては 音楽家でありながら、科学的見地……特に星見の知見があった翡翠は、ある時に王の戯れで「驚異の部屋」に通されたことがあったという。

その部屋は先代のコレクションで溢れ返っていたが、国王はガラクタの物置だと揶揄した。

世界中の奇本を集めた本棚に囲まれ、部屋の中央には水晶でできた大きな地球儀が鎮座し、紺碧に塗られ海とも宇宙とも言えないドーム型の天井には星座と魚の標本が漂っていた。


「地球は、宇宙から見れば青く輝いているのだという。この足元がか? 私には険しい山々と、税に喘ぎながらも必死で生きようとする民しか見えぬ」

王は自嘲気味に笑った。

「王は神ではない。唯の国の代表者だ。空想に囚われず、私の両眼で見えるところまでを治める範囲として、地に足をつけて政務に勤めねばならない。……だから我が国は狭いのだろうがな」



あの青い水晶の地球儀が指すどこかに自分は立ち、死の危機に瀕している。

たったひとつのダイヤのために、用心棒、医者、料理人、依頼主が斃れた。

自分にできることはなんだ?
楽器はマッドとの戦いで壊れた。

残されたものはなんだ?

握っていた水晶を覗き込む。


水晶占いとは、球体に映り出るイメージから未来を見出す占術である。

見出し方に明確なルールや正解はない。
結局のところ、水晶を通して歪んで見える色や形を見ながら、相手の思いや自分の思考を整理する手段に過ぎない。


俺たちは何故恐れているのか――いま、自らの死を間近に感じているからだ。
死に慄くのは、この島に潜んでいる刺客がいるからだ。
4人が殺され、放火までされた。マッドと手を組み、火をつけた人間が未だに潜んでいる可能性がある。ここは危険なのではないか?

しかし、今のところ誰かが闇に乗じて襲ってくる様子はない。
来ないのならば、火をつけた方の刺客はマッドが殺したか、炎に飲み込まれ死んだと思っているのだろうか。

ラバナーヌとは言え亡骸と一緒に寝るのは気持ちの良いものではないし、何よりモルゲンロートが怯えてしまうだろうと移動させようとした時に見た遺体の胸には――正視できなかったが――大きな傷跡があったように思えた。
おそらく刺客が斬り殺したのだろう。

刺客が火をつけた際にすでにラバナーヌが死んでいたのであれば、あのキャンプ地に残っている人間はセイヤンしかいない。自分はミーナと、モルゲンロートはファラメルディアスと外に出ていたのだから。
1人を炙り出すために森に火を放った?


――いや、それどころか、あの時、キャンプ地には誰もいなかった。


翡翠は思い出す。セイヤンはあの朝、見回りの番だった。


03_推理 続け様に思考が押し寄せる。

最初の違和感はこの島に上陸した時だった。
俺たちを雇った貴石屋・侘助が、ファラメルディアスが連れてきたというコーディネーターを見る目がどうも奇妙だった。

初めて見る人間の品定め以上に、あれは警戒の視線だったではないか。

04_回想1 次の違和感は、ガットリングガンを携えた虚無僧、鏘園に襲われた時だった。
初めての襲撃を受け、ヘンゼルとファラメルディアスの号令で俺たちは逃げた。
モルゲンロートは身を挺して捜索隊を守ってくれたヘンゼルを心配し泣き叫んでいた。
彼女が特別泣き虫なわけじゃない。用心棒のヘンゼルや従軍経験のあるファラメルディアスならいざ知らず、俺たち一般人が命の危険に晒されて平静でいられる方がおかしい。

その時、あいつはどんな顔をしていた?
05_回想2 違和感はまだある。
ヘンゼルが殺された時の絶望は半端じゃあなかった。
鏘園を返り討ちにした最強のヘンゼルが、朝起きたら死んでいたんだから。
ラバナーヌが竦み、ファラメルディアスが腰を抜かしていた。
普段から人の死に立ち会う、医者のポワゾンだけが冷静だった。
06_回想3 ……いや、もうひとり棒立ちの男がいた。
思い出した。


あの瞬間、俺は確かに見た。
あいつの顔を。
07_顔 目の前の死を何とも思わない、転がった空き瓶を見るような冷たい目を。




右手に持っていたガラスのアストロラーべに、人影が映った。

振り向くと、セイヤンがにこやかに立っていた。
08_交代ですよ 「お、もう交代ですか?」

「ええ、ゆっくりとお休みください。毛布は昼の火事で燻されて煙かったのですが、無いよりはマシでした。翡翠様もお使いになると良いでしょう」

セイヤンは優しく翡翠の肩に手を乗せた。

「へへ、お気遣いどうも。ところで……」


翡翠が、唾を飲み込んで乾いた笑いを浮かべる。



「ヘンゼルも、鏡か何か持ってりゃあ、俺みたいに気付けましたかね。あんたに殺されるって」

「そうかもしれませんね。でも、最後は同じこと」




09_同じこと セイヤンが翡翠の肩を引き寄せ、ナイフを振りかぶる。
捜索隊の用心棒、ヘンゼルを殺害した凶刃が月夜にぬらりと光った。

瞬間、翡翠はアストロラーべを地面に叩きつけ、セイヤンが刺すより疾くガラスの断面で自分の背後を切り払った。

ガラスの刃がセイヤンの右手を捉える。

咄嗟の翡翠による反撃の勢いに負けて、ナイフは手から弾け飛んだ。
しかし、肉を斬った感触はない。袖の中にある何か硬いものとぶつかり、手に持ったガラス片は粉々に砕けてしまった。

体勢を立て直そうとする翡翠。しかしそれを相手は許さない。

背後から首を掴まれ――


10_銀腕
「がぁっ・・・・・!!」

自分の胸から、銀色の腕が生えた。
一瞬遅れて、血飛沫がそれを真っ赤に染める。
セイヤンの背後から、もうもうと排蒸気が立ち込めていた。

「毛布には睡眠薬を染み込ませていました。ナイフにも即効性の毒がね」

セイヤンが“銀腕”を引き抜くと、肺が血で満たされた。挽き潰された心臓から、大量の血が堰を切ったように飛び出した。

「さっさと帰らなかったから、帰る前に気付いてしまったから、……気付いて抵抗するから、貴方はこんなに苦しまなければならなかった」

ごとん、と水晶が地面に落ちた。
後を追うように、翡翠も頭から地面に倒れ込んだ。



11_死亡 「誰にも、英国にも、このダイヤは渡さない」





川辺に、全身血塗れの男が立っていた。

男は川に入り、サファリハットを水に浸し、それで顔を拭った。
揃いのサファリジャケットを脱ぐと、服と自らの浴びた血をざぶざぶと洗い落としはじめる。


赤黒く染まった右腕が雪がれ、正しい色へと戻ってゆく。

男の上腕から先には、銀色の義手が接続されていた。

皮手袋を填めなおす。


川の水はほんの少しだけ赤く濁ったが、絶え間ない流れはすぐに証拠を消し去っていった。


 






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原案・文章(マイケル)
記事・管理(バレット)


カメラマン(以下の皆様の写真を掲載させて頂いております)
せーゆ
へい
シュウ

第20話

本記事は2018年1月28日に行われた第3回スチームパンク武装撮影会のストーリーになります




00_ロゴ
捜索隊の野営地近くで食事の支度をしていたラバナーヌ。

それを一閃のうちに殺害したナルギレは、調理場の火で捜索隊の野営地近くに火を放つ。


炎は煙の渦を上げ捜索隊を追い立てる猟犬となった。
焼け落ちた枝葉が紙吹雪の如く舞い、太い幹が炎の柱と包まれる。


休んでいたファラメルディアスたち捜索隊は、ナルギレの計算通り森の東側へと誘導されていった。




拠点を離れ島の地質調査に出ていたミーナと翡翠も、立ち込めるきな臭さで島の異変に気づいた。



01_立ち込めてきたぞ ミーナが鞄から試験管を取り出すと、数種類の試薬と外気を混ぜて素早く振った。

「翡翠さん酸素濃度の減少と二酸化炭素濃度の上昇を確認しました。加えてごく微量の火薬燃焼の反応を確認。これは」

「んな大袈裟なことをしなくてもわかるさ。どっか燃えてんだろ。鳥は……」


翡翠は空を見る。

上空から火元を見る森の鳥たちは、皆一様に東の空へ飛んでいった。

「……まずいな、拠点の方じゃねえか」

「火薬ということは失火ではなく敵の放火です急ぎましょう!」


身を乗り出すミーナを翡翠は制止した。

「いや、轟々燃やして殺す気ならこの火は弱い。何人いるのか知らないが、これは俺たちを燻り出す気だ。だとすれば……」


二人は慎重に迂回するように戻っていく。



空気に混ざる煙の乾いた臭いが一層強くなるころ、見慣れぬ男が野営地の方を向いて立っていた。



02_こんちわ 赤いマントに星条旗のスカーフ。

大袈裟に折られたブリムのついたテンガロンハットには、安物のゴーグルが掛けられていた。


二人の気配に男はゆっくりと振り向くと、大仰に驚いたジェスチャーをしながらぐにゃりと笑った。



「おっとお? こりゃ計算外だぁ。逸れた羊がいたとはな」


翡翠は男をしっかりと見据える。


意外、喜び、侮りの表情。

おそらく火をつけた方の刺客、またはそれ以外の誰かから、捜索隊は全員野営地にいるはずと情報を受けていたのだろう。
しかし、自分とミーナがいないことを知らなかった。


2対1の状況においても、こちらが非武装であることに嗜虐的な笑みを浮かべながら

腰に提げた鞭でもフリントロック銃でもなく、爆薬筒に手をかけている。



「ああ、お前らの雑な追い立て猟は失敗って訳だ」

恐怖と緊張にミーナが押し黙る横で、翡翠は煽るように言葉を返す。


03_対峙 男の眉根がつり上がり、小鼻が広がる。

コミュニケーションの苦手なミーナにも判る、明らかな不満と威嚇の表情だった。


「ハ、 失敗? お前らはここでこのマッド様に殺されるのに? 」

「マッド? あぁお前、400人殺しのマッドか」


翡翠は名前から即座に相手を特定した。

“愛国者”アルマッド・ハミルトン。
元塗装工の脱獄囚。アメリカ中を放浪しては、子供や老人をいたぶり殺す快楽殺人者だ。


「なあマッド、もうじきファラメルディアスがここに来る。俺たちは逃げる。皆殺しにしたいんだろ?」

「……残念だが俺たちは弱者であっても馬鹿じゃないぜ。 そんなムズカシイ事がアメリカ人にできるのか? おいマッド!」


あえて指を刺し、名前を連呼する。

ガンマンなら十分に射殺を狙える距離で、相手はなお銃には手を掛けない。



「簡単だろうがぁよお!!!!」

マッドは爆薬筒を引き抜き、火をつけ振りかぶった。



「逃げろ!!」


マッドは逃走方向に筒を投げる。

的確な投擲だったが、二人の頭上を飛び越える瞬間、翡翠のバンジョーがそれを打ち返した。

ロビングのような軌道を描いて爆薬は明後日の方向に飛んでいき、茂みの向こうてドウ、と爆発した。



04_逃げろ 「はははザーコザーコ」
翡翠は大袈裟にバンジョーを担いで、尻を叩いてみせた。

「何やってるんです逃げますよ!!」

「てんめええええ!!!!」




05_作戦 直前までの地質調査のおかげか、地の利はミーナと翡翠にあった。


「ハア……ハア……ここまでくれば大丈夫でしょうかもっと逃げますか」

肩で息をしながらもミーナは一息で言葉を繋げる。


翡翠はしばし考えたのち、口を開いた。

「……いや戻ろう。これからまたマッドに近づくぞ」

「何故!? 非合理的で非生産的です無意味です!」

彼女が早口で捲し立てるのは発言が気持ちに追いつかないからだ、ということを翡翠は理解している。

どんな言葉を使っても、それ以上に脳が回転してしまうのだ。


「いいか。あいつは追いかけるのをやめた。 炙り出されるファラメルディアス達を殺すことを諦めていないからだ」

だからこそ、丁寧にゆっくりと諭す。

「あの爆弾の長い導火線を見ただろう? あれは喧嘩に使うシロモノじゃない。じわじわと追い詰めながら、相手がそこに近づく時間を計算して使うためのもんだ。銃も持っていたのに、それでもあいつは爆弾を使った。なんでだと思う?」

ミーナは導かれた答えに恐る恐る口を開く。


「……あれしかないから?」

「そうだ。もしくはあれを使うことに拘っているか……どっちだっていいさ。それを逆手にとって、あいつを殺そう」

殺す。

その言葉にミーナは思わず目を剥く。
学者と吟遊詩人。非武装の二人が、悪辣な快楽殺人者を返り討ちにすることなどできない、そういう表情だ。


怯えるミーナに、それでも翡翠は真剣に作戦を伝えた。


「行こう。ファラメルディアス達を助けられるのは、自由に動ける俺たち以外にない。そうだろ?」

「……合理的です」



06_コロス 殺す。

殺す。殺す。

全員殺す。絶対に殺す。全員殺す。絶対に殺す。


頭の中で何度も唱えたその言葉に、マッドは振り回されていた。

焼け出された捜索隊は早々に爆殺し、お楽しみはあの二人にしよう。

爆風の強い爆弾で、全身の骨を砕いてやろう。
動けなくなったところに、弱い爆薬を巻きつけて少しずつ爆発させてやろう。
丸裸にし、踏みつけて、川に沈め、木に括り、岩を落とし、一晩中可愛がってやろう。



遠くで足音が聞こえる。

見据えた煙の向こうから現れたシルエットは、ファラメルディアスではなく、学帽とバンジョーを携えていた。

激昂に全身が総毛立ち、身を潜めていたことも忘れ、マッドは雄叫びを上げた。

「おまえらああああああああ!!!!」

07_待てコラ 「反転! 頼んだぞミーナ!」

「任せてくださいマッピングは完璧です!」



煙の濃い方に走る。
マッドは今度こそと追いかける。

既知の倒木を越え、既知の小川を渡り、10m先の見えない煙の中でなお、二人は躊躇いなく進み続けた。



「到着しましたここです!」

「おう、焦って飛ばすなよ。これはマラソンだ!」

「分かっています計算通りです!」

身軽な二人は、マッドが追跡できるギリギリのスピードで逃げ続ける。
その道は緩やかに左に曲がり続け、やがて同じ場所に戻る円を描いたコース。

ミーナがこれまでの道すがらと周辺調査の結果したためられた、彼女独自の地図。
そこから選ばれた、今回の作戦に最適な逃走経路だった。


茂みや蔦や濃い煙のせいでそうと見えないが、走りやすい平坦な広場をマッドとミーナ達はぐるぐると追いかけあっていった。


「だあああああああ!!死ねよあああああ!!」


後ろに迫るのは憤怒のマッド。狂ったように爆弾に火をつけ、投げ込んでくる。


しかし待ち伏せ用の爆薬筒は炸裂前に、尽くが翡翠によって打ち返されていった。


「右に!右に!打ち返してください!」

爆破跡で逃走経路が同じだと悟られぬよう、翡翠は出来るだけ円の外側に打ち返していった。


「あと、何本!!」

「恐らく15本!!」

「よし内側入るぞ!」


周る円を徐々に狭めていく二人。
誘導されているとは気づかないまま、マッドは必死の形相で追いかける。


しばらくすると、爆薬筒が少なくなっているのを自覚したのか投擲のペースは落ちていった。

「ケチり始めたな!平均何秒だった!?」

煙と煤に塗れながら、翡翠が叫ぶ。

「全て20秒きっかりです!」

懐中時計を握り締め、爆音に負けない強さでミーナが叫ぶ。


「はは、あいつも几帳面だな。やるぞ!」

二人はさらに外周を狭めていく。


逃走を続けながらも翡翠は絶えずマッドの攻撃を打ち返す。

しかし今度は外側でなく、追いかけるマッドに向けて。

残弾が少ないマッドは好機とばかりに、足元に転がる爆薬筒を再度拾い上げて投げ返す。


「2回目!」
「応よ!」


ミーナの合図に翡翠が応える。
2度投げ返された爆弾は外側に。さっきよりも近くで筒が爆ぜる。
翡翠は吹き飛びそうなポーラーハットを押さえながら、横顔がビリビリと焼けつくのを感じた。



「死ね死ね死ね死ねええええええ!!」

ラリーが倍加し、そこかしこで爆発音が響き渡る。

爆弾魔と翡翠の攻防が続きながらも、円は狭まる。



1周が30秒に。25秒に。

そして20秒に。



マッドがルーチンワークのように足下の爆弾を拾う。

「……あ」

あるはずの導火線がない。


08_爆発 マッドが拾おうとしたそれは、翡翠があえて打ち返さなかった
1周前の爆弾だった。

マッドの眼前で、それは大きく爆ぜた。



09_やれやれ 腰から上が吹き飛んだマッドだったものの後ろから、疲労困憊の二人が現れる。

「……失敗したらあんな事になっていたと思うと、……私たち、よくやりましたね……」

ミーナはへなへなと腰を下ろす。

「帰ったら買い換えなきゃなあ……」

翡翠はバンジョーを見やり嘆息する。

たった一本で全てを退けたそれは、もはや弦をつけた歪んだ鉄の棒と化していた。



「しかし私たちがキャンプから離れていたのは幸いでした」

「マッドは……、俺が「お前ら」と呼んでも違和感を感じていなかった。複数犯なのは間違いないが、その割に俺たちが出掛けていることに気づいていなかった」


翡翠がなぜ自分たちが見逃されたのかを訝しんだ。

思案して空を見上げると、不意に大きな雨粒が顔に当たった。


「……スコールです!」

「天の恵みだな」


雨が煙を洗い流してゆく。

火はじきに消えるだろう。


今はただ、生き存えたことに感謝すべきかもしれない。

 






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第19話

本記事は2018年1月28日に行われた第3回スチームパンク武装撮影会のストーリーになります





 
00_ロゴ その日、トルコの傭兵ナルギレは茂みの陰から様子を窺っていた。


大英帝国のダイヤモンド奪還を狙うファラメルディアス一行。その拠点の情報をセイヤンから手に入れたマッドの提案で、ナルギレは捜索隊を挟撃することになった。

「お前が追い立てる。俺が全員殺す。ハッハー! イェニチェリにゃ簡単な仕事だろう?」

信念もなく、殺人の快楽と金ために雇われたマッドに手を貸すのは甚だ不本意ではあったが、ナルギレはその作戦に同意した。



イェニチェリ。
17世期のオスマン帝国において規律と最新兵器の導入で栄華を極めていた君主直属の歩兵軍も、産業革命が起こり武器の近代化が飛躍的に進んだ今となっては時代遅れのお荷物でしかなかった。


ナルギレは世襲制に変わり堕落の一途を辿るイェニチェリを抜け出し、暗殺を生業としてきた。

愛する女を残したまま家を捨て、紛争地域に民兵として出向いては人を殺して糊口を凌いだ。

大英帝国が植民地支配を狙い、反乱が絶え間なく起こるパンジャーブで要人暗殺を引き受けた折、共に行動したのがセイヤンだった。


「貴方のその力が欲しい。盗賊からダイヤを守り、アジアを大英帝国の支配から解放するのです」

声をかけられた時は、何かの比喩だと思った。

だがそれが比喩でも冗談でもないことはすぐに分かった。任務を完了したその足で連れてこられた無人島に、ダイヤモンドは確かにあったのだ。



島の中心部、朽ちた祠の地下に通されると、ナルギレは静かに驚いた。

人の気配のない文明の跡地で、眩い照明にてらされたそれは、青く光り輝いていた。


「この部屋が明るいのは蒸気機関によるものではありません。ダイヤと、この島の瘴気で動いています」

部屋の中央に厳かに祀られていたダイヤモンドをセイヤンが手に取ると、部屋の灯りがわずかに明滅した。



01_昔話 「それは、英国女王のダイヤ……!」

「正確には『今のところ英国女王のダイヤ』です。このダイヤはムガル、アフシャール、ドゥッラーニ、パンジャーブの王の手に渡っていきました。そしてその全てを支配した大英帝国に簒奪されたのです」



「クーヘヌール……!」

ナルギレは叫んだ。大英帝国の、そして今、ひとりの男の手に握られているダイヤモンドである。

その名は、ペルシャ語で光の山を指す。


「クーヘヌールとは単なる美しさの暗喩ではありません。……この力を大英帝国に戻してはならない。弱い国は全て淘汰されます。分かりますね?」

今や大英帝国は、オスマン帝国を軍事的にも経済的にも支配していた。

君主を守る家系に生まれながらも衰退を辿っていくジレンマに苛まれて故郷を捨てたナルギレに、セイヤンの言葉は重く響いた。


ナルギレのマスク越しの瞳が動揺から決意に変わるのを、セイヤンは見逃さなかった。



2ヶ月前、セイヤンの指示通りダイヤを狙う若者たちがこの島を訪れた。

皆一様に武装していたが、ナルギレの敵ではなかった。
セイヤンが雇った他の暗殺者たちも、赤子の手をひねるように捜索隊を屠っていった。


そして現在、再び捜索隊が島に上陸。
スパイとして潜入したセイヤンと連携し、隊の壊滅を狙う。

ゆえにこうして茂みに隠れ、一網打尽の機会を窺っているわけだが――。

「~♪」 

視線の先にいるラバナーヌは朝餉の準備に夢中で、こちらに気づくことはなかった。

故郷の恋人と同じ位の歳だろうか。
鼻歌まじりに魚を捌き、川の水を火にかけ、野菜を茹でている。

その背中は、あまりに無防備すぎる。

2ヶ月前に殺した、欲望にギラついた目をしている人種にも、仲間の死をも厭わず命懸けでダイヤを奪還せしめんとするような人種にも思えなかった。

何回かの逡巡のあと、ナルギレはラバナーヌの正面から姿を現した。

02_お料理中 誰かの靴先が見え、仲間かと顔を上げたラバナーヌは戦慄した。

腰に大きな刀を提げた仮面の男、ナルギレが立っていた。

「……キャッ!?」

「騒がないことだお嬢さん。苦しんで死にたくはないだろう」

低くとも努めて優しい声でナルギレが忠告する。


03_失礼する 「……あなたが島の刺客なのね……!」

「ああ、だがあまり気乗りしない。仕事とはいえ、無抵抗の女子供はな」


「……?」

ラバナーヌは二・三言のうちに、自分の前に立つ男の心を垣間見た。

殺される者への哀れみ以上の同情を感じた。
それとも、私を誰かと重ねているのか。


何故だか非常に不愉快な気持ちだった。



「……ええ、なら私も仕事に戻らせて頂戴。お鍋が煮えているの」

ラバナーヌはあえて顔を逸らす。火にかけられ、グラグラと煮えている鍋を顎でさした。


「その料理は命を賭してまですることなのか? 」

「当たり前よ。人は食べなければ死んでしまうわ。食事は命をつなぐ行為だもの」


ラバナーヌは持っていたフォークを強く握りしめる。


「あなた、「なぜここに」って思ったでしょう。 「こんな呑気そうな女が」って」

ナルギレは何も答えない。

「私はね。いま、自分の意思でここにいるの。ダイヤも探せないし、剣も振り回せない。 でも、それができる人を支えるのが私の冒険なの」



04_勇者 フォークと鍋の蓋を剣と盾のように構えたラバナーヌは、この島に立つひとりの勇者だった。


「なるほど。ありがとう」

信念に応えるかのようにナルギレもヤタガンを抜く。


「kazan kaldirma(ならばここで鍋をひっくり返してやろう)」

05_一撃 風のような一閃。

振り払った刃は、ラバナーヌの横腹から胸までを肋骨ごと深く切り裂いた。






06_村焼き 血に塗れた刀身を綺麗に拭ったあと、ナルギレは落ちていた油壺と酒で地面に線を引き、線の上に黒色火薬を撒いた。



自分の考えが甘かった。この島に来る略奪者は全て敵だ。

焚き火の木杭を線の上に突き立てる。
地面を炎が走り、もうもうと煙を上げながら林の方へ向かってゆく。


敵は殺さねばならない。それが仕事だ。

しかし、それは正しいのだろうか。




07_退去 炎は答えを待たずに進む。
蔦を、茂みを燃やし、勢いを増して捜索隊を追い詰める炎の壁となった。






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原案・文章(マイケル)
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第18話

本記事は2018年1月28日に行われた第3回スチームパンク武装撮影会のストーリーになります




00_ロゴ

「なんだ話とは」


01_歩き モルゲンロートは、聞かれながらも黙っていた。

彼女の喘息を守るマスクが顔色を隠していたが、何か後ろめたいことを告げようとしていることはファラメルディアスも感じ取っていた。


消失した大英帝国の秘宝、コヒヌールを追う捜索隊は、用心棒であるヘンゼルを喪い、非武装の状態で窮地に立たされていた。

自衛手段は無く、ダイヤを守る暗殺者から何度かの襲撃を受けた捜索隊は疲弊していた。
その絶望的な状況でも、依頼主であるファラメルディアスは断固として捜索を止めなかった。

モルゲンロートは捜索の依頼を受けた侘助から、無線通信を任されている。
もしもの際には島外に連絡し、島から脱出するためにと。


今がそのもしもの有事である筈なのだが、モルゲンロートの通信機は島外との連絡が取れずにいた。


「じつは……」

通信できないことを恐る恐る告げるモルゲンロート。

「直る見込みは」

無い。

モルゲンロートは黙って首を振ることしかできなかった。
ファラメルディアスは急に声を荒げた。


「これ以上足を引っ張るのか! クズめ! 」

「冒険ごっこじゃないんだぞ! 胡散臭い貴石屋が呼んだ胡散臭い連中だと思っていたが、もう我慢の限界だ!」

「食料が尽きる前に殺してやる!」


02_脅し 言いたいだけの言葉をモルゲンロートに叩きつけると、ザクローゼンは腰からエンフィールドリボルバーを抜いた。





「逢引中失礼。お邪魔でしたかな」




突然の声に顔を上げると、そこには男がいた。

いや、男かどうかはわからない。
アルスターコート、トップハット、ステッキを携えた紳士のいでたちをした「圧力計」が、朽ちた木に腰掛けていた。

03_こんちわ
「座りながらで失礼するよ。 なにせ有限の肉体は初めてでね。歩いたら疲れるという現象に少し戸惑っているところだ」

バードンは袖口からを3連フリントロックを抜き、撃鉄を起こした。

「では、さようなら」



ファラメルディアスはモルゲンロートを盾に銃を向ける。


04_応戦 「貴族の風上にも置けない蛮人は先に死ね」


銃口をファラメルディアスの頭部に向けると、引き金を引いた。



05_さよなら ファラメルディアスはその場で絶命した。


「大脳を狙えば苦しみもない。 心配はいりません。あと2発ある。貴女もすぐに終わります」



2発目の銃声が森にこだまする。


だがそれは、エンフィールドリボルバーから発されたものだった。



06_着弾
モルゲンロートが崩れ落ちるファラメルディアスの右手ごと抱えて撃ったその一発は
バードンが纏うアルスターコートの黒をさらに深い色に染めていく。




弾は肺を貫き、出血で呼吸もできない。

「ぐっ、がああああ」


実在する肉体が痛みを脳に発信し続け、制御できずに膝をついてしまう。

「グアアアア! なんだこの痛みは! 熱さは!! 駄目だ、なんなのだこれは!!」




08_敗北 バードンは全身から水色の靄を噴き出した。痛みに耐えられず、バードンは肉体を乗り捨てることを選んだ。

靄の塊が渦を巻き、モルゲンロートに襲い掛かる。

「いやあああああ!!」


新しい肉体への憑依はしかし、失敗に終わる。
彼女のマスクが体内への侵入を許さなかったのだ。

バードンを形作る靄はだんだんと勢いを無くし、しばらくして強い風が吹いた拍子に静かに消えていった。


モルゲンロートは2つの亡骸の間で怯えながら、しばらく縮こまり続けた。






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原案・文章(マイケル)
記事・管理(バレット)


カメラマン(以下の皆様の写真を掲載させて頂いております)
せーゆ
へい
シュウ

第16話

本記事は1月28日に行われた第3回スチームパンク武装撮影会のストーリーになります




00_ロゴ


茂みからユーホァが覗いている。
彼女の目的は捜索隊の排除。1名以上の殺害である。



01_発見 仕事を視線の先にはコヒヌール捜索隊のコック、ラバナーヌがいた。

肉や野草を持っているところを見ると、これから捜索隊の食事の用意をするのだろう。


ユーホァは考えていた。
なんであれ非武装の女性を、この双錘で撲殺する行為が正しいとは思えなかった。

選んだのは自分の手を汚さない方法だった。



02_薫香 ユーホァのもう1つの武器、それは幻惑術である。
マスクの気密弁を閉めると、腰に提げていた香炉に火をつけた。

香気がラバナーヌを包みこむ。
それは少量の吸引で酩酊状態に近い多幸感を呼び、注意力を散漫にさせる。

あとは仲間になりすまして崖まで誘い込むだけ。
勝手に落ちればそれで良し。そうでなくても背中から小突いてやれば、足腰の立たない体は簡単に海へと落ちるだろう。


茂みの影から優しく、しかしはっきりと語りかける。



03_異臭 「ラバナーヌや……ワタシ……ワタシだヨ……」

「ふぁ……?侘助さん……?」

「え? ああ……そうだヨ……ワビスケだヨ……」

「いなくなってたと思ったら、こんなところに迷っていたのねえ……」

「そうだヨ……道に迷って、足をくじいてしまってネ……」

「まあ、それは大変!」

「コッチだヨ……コッチ……」



ラバナーヌは誘われるがままに声の指す方に歩いてゆく。
男性に間違われたのは意外だったが、もはや男女の声の区別もつかないほどにトリップしているのだろう。



「コッチだヨ……コッチ……」

「こっちでいいの……ハイハイ……まあ!」

「マア?」


思惑どおりフラフラと誘われるがままに歩いていたラバナーヌの歩みが、不意に止まる。
彼女が指さした先には、茶褐色のキノコが群生していた。

「ハナイグチじゃない!? ちょっと待ってね侘助さん、あらやだ~、今日の晩ご飯はキノコ鍋だわ~!」

「は、ハナイグチ……?」

香炉の効果で注意力が欠如しようとも、シェフとしての本能か。
ラバナーヌは宝物を見つけた探検家のようにキノコを摘み始めた。


「モシモーシ?」


待つこと数分、ようやく立ち上がったラバナーヌであったが、その後も食用の花を見つけては花を摘み、果実を見つけては果実を採って行った。


「オーイ……」

数歩進んでは違う方向に走り出す調理師は、幸せ一杯の表情で暴走していく。
もはや物陰からの囁きに耳を貸さぬラバナーヌに業を煮やしたユーホァが、とうとう茂みから飛び出した。


「いい加減にシろーッ!!!」


04_襲撃ラバナーヌ視点 「!?!?」

大声と振り下ろされる凶器にラバナーヌは身をすくめ、咄嗟に手で顔を覆った。持っていた鍋の蓋が錘の直撃を防いでいた。
バランスを崩し尻餅をついたことで分散されたが、余りある衝撃が全身に響いた。

「イヤーッ!?キャー!!!」

何も分からず、叫び声を上げるしかない。

自分はただ、昼食の支度をしようとしただけなのに。

理解できているのは「目の前の女が自分に危害を加えようとしている」ということのみ。
命の危機に晒されてパニックに陥ったラバナーヌができたのは、あらゆる持ち物を投げつけることだけだった。



自制を失った無自覚の行動は、時に思いもよらぬ結果を齎す。

キノコや花実を摘んだカゴを投げた。油壺を投げた。昼食用の肉を投げた。酒瓶を投げた。

キノコの入ったカゴが片方の錘で叩き割られ、キノコが飛び散り、花が舞った。

油壺もまたもう片方の錘が振り下ろされ、その場に飛散した。

肉の塊を避けようとしたユーホァは、大きく姿勢を崩した。油の沁みた落ち葉に足を滑らせたのだ。
今度はユーホァが尻餅をついた。しかしそれでも視線は次に来る酒瓶をしっかりと捕らえていた。


錘が酒瓶を易々と叩き割る。ダウンしたユーホァの真上で粉々になったガラスとその中身が爆ぜる。
中身は度数の高いラムであった。


05_ボトル ユーホァは一瞬のうちに後悔した。酒瓶は割るべきではなかった。
ガラス片と酒が全身に降り注ぐ。
自らの腰には香炉があり、それを熱する火種にも等しく、アルコールが降り注いだ。

ばう、と音を立ててユーホァが燃えた。錘を当てた衝撃で、スプレーのように散ったラムがまとめて引火したのだ。



火達磨と化したユーホァは転げ回り、のたうち回る。
それでも火は消えず、ついには崖からその身を投げた。

「アアアアァァァァァァァ…………」

絶叫がフェイドアウトし、遠くで何かがぶつかる音がした。


06_怯え ラバナーヌはしばらく、その場を動けなかった。

何が起こったのか解らない中で、足元でぱちぱちと燻る草の香りと、肉の焦げくさい臭いだけははっきりと感じていた。










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