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第25話

本記事は2018年1月28日に行われた第3回スチームパンク武装撮影会のストーリーになります




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「ヒィッ!?」

頭上にある高枝が焼き切られ、モルゲンロートは恐怖に慄いた。

「あまり前に出るな。再充填時間が短縮されている」

セイヤンとナルギレを倒し、人間の致死量を学習したオートマタ・バイラビは荷電粒子砲の出力を下げた。

質より量を優先したバイラビの荷電粒子砲は揺れ落ちる葉を、異常な気配に躍り出た野兎を次々と射抜いていく。

植物や小動物を消し炭にして尚有り余るエネルギーがその場で爆ぜ、3人が身を潜める廃墟のそこかしこで鳴り響いた。


01_釘付け 「事態は悪化するばかりだ。壁を背にしたまま視界外まで逃げるぞ」

ヴァルターが真後ろを指差す。

モルゲンロートはこれに賛成したが、ミーナは首を縦に振らない。

「悪くない案ですが不可能です。この先は崖になっています。安全に降りるには装備が足りないと判断します。それに壁から遠ざかれば遠ざかるほどバイラビが少し動くだけで発見されやすくなります。崖を攻略しようと立ち往生している内に撃ち抜かれる可能性が非常に高いです」

捜索隊で島の現地測量を担当していたミーナの言葉は真実だった。

「じゃあ運良く立ち去るまでここで息を潜め続けろって言うんですか……? 可能性で言うなら、あの子がこっちに来る可能性だって……!」

「それはそうですが……」

ミーナの弁舌が止まる。否定はできても解決方法はない。

袋の鼠達はバイラビという子猫に睨まれて動けずにいる。



その時、モルゲンロートが懸念することが起きた。

小さな諍いではあるが、バイラビの"耳"は壁越しの人間の存在を感知した。
バイラビは廃墟の影に隠れる人間を視認しようと、ゆっくりと左へ迂回しながら近づいていく。


パキ。


小枝を踏みしめる音を今度は3人の耳が捉え、誰もが口をふさいだ。
距離で言えばあと5歩と言うような、はっきりとした音だった。



ミシ。


顔を見合わせ、恐怖に怯えながら肩を寄せ合う。あと4歩。


ミシ。


お互いの視線が通るまで、あと3歩。




永遠にも勝る数秒。

突然、モルゲンロートが声を上げた。


「誰か、誰かいる!」

モルゲンロートが耳を押さえる。


それは、近づいてきたバイラビに対してではない。

彼女の通信機が、何かのノイズを僅かに捉えた。

しゃがみ込み、周波数をせわしなくいじる。


あと2歩。


ゴーグル越しにモルゲンロートは、目を見開いた。
スピーカー越しに、はっきりと人の会話が聞こえた。




02_照準 『……最後にもう一度聞くが。あれがただのガキだったらマイケル、お前の脳天を撃ち抜くぞ』

『心配すんなバレット。生体反応なし。中心部体温100度超え。踏み締める足の沈み具合からして体重は120キロ近辺だ。それが子供だってんならふん縛ってサーカスに売り飛ばそう』

『ふん、まあいい』


あと1歩。



同時刻、高台。

1人の男が、倒木の陰からゆっくりと引き金を絞った。



バヅン!


強いスラップ音が、誰の耳にも届いた。

バイラビの足元の地面が拳大ほど掬い上がり、木の葉が舞い散る。





03_着弾 『微動だにせずか。確かに機械だな』



“バレット”とも“マイケル”とも別の男の声が、通信に割って入った。

高台の男がスコープから顔を上げる。




04_確認 嗤っているかのように切り欠れている片目の仮面の下から覗く瞳が、少女を冷たく見据えている。

「敵対行為を確認。出力上昇」

少女もまた、弾痕から推定した狙撃手を睨んだ。廃墟に向けられていた手を、ゆっくりと計算した方角に向ける。





05_誰だ 『もうバレてるネ。私の壁は1発しか凌げない。バレット、さっさと降りるしかないヨ』



新たに聞こえてきたのは4人目の男の声。異邦の訛りでヒヒヒ、と卑屈に笑った。

『わかっている。出るぞ』


「誰か、誰かが来ます!」


モルゲンロートが叫んだ。

バイラビの射撃。先ほどより強い爆発音がジャングルにこだまする。

衝撃に揺れ落ちる木葉と砂埃の下方、崖から1人の男が現れた。


フードマントに革の仮面。長尺のライフルを胸に抱きながら、長身痩躯の男が崖を滑り落ちる。


バイラビの左手がそれを追う。



「させるかよ!!」



別方向から声がした。

シェルターの向こう側、物陰から1人の男が飛び出した。

黒いキャスケット帽に単眼ゴーグル。ボロボロのワークエプロンを巻いた青年。
左手には小柄な身長に見合わない巨大なハンマー。

それをゴルフめいてスイングすると、ハンマーが蒸気を吹き出し、加速をつけて地面を強かに抉った。
雪を含んだ泥がバイラビに浴びせかけられる。


「視界不良。退避行動」


センサーに泥を被ったバイラビが射撃を中断する。


腕を下ろし、顔に付いた泥を拭いながら移動しようとするが、動きがそこで止まった。


いつの間にか鎖のついたクナイダートが2条、バイラビのスカートを貫いて地面に突き刺さっている。



「じっとしていろ」



上方からまた別の声。

木を揺らし、蔦を掴み、1人の男がバイラビの眼前に降り立つ。

アビエイターヘルメットを模したフルフェイスの黒いマスク。
翼のように纏ったボロ布の隙間から油に汚れたツナギと、鉤爪を覗かせていている。



「おっとサヴァ、そんなに近づいちゃ危ないヨ。殺すわけじゃないんだから」



降りてきた男の右隣に激しい蒸気が立ち昇り、靄から手品のようにシルエットが浮かび上がる。

漆黒のチェスターコートで身を包み、シルクハットの上に不気味な改造を施されたゴーグルを載せて、2m近い巨漢がゆっくりと姿を現した。

首に巻いた巨大な装置が顔の下半分を覆い尽くしており、丸いサングラスと相まってその表情は見えない。


「お前は相変わらず登場が派手だな、BD」
“サヴァ”と呼ばれた男が巨漢に呼びかける。

「大好きなパイプも我慢して長時間隠れてたからネ。使う蒸気の量も、ネ」
巨体を揺らして“BD”が笑った。


「さあ。遅くなったが、揃ったので自己紹介といこうか」



狙撃手・バレットとハンマー使い・マイケルが2人に追いついた。



「俺たちはこの島最後のパッセンジャー、命知らずの鉄錆傀儡(ラスティパペット)。依頼によりそのダイヤ、頂戴しに来たぜ!」


06_地獄の傀儡 突然現れた4人の闖入者。

ミーナとモルゲンロートは呆気にとられていたが、ヴァルターはこれを攻勢と捉えて歓迎した。

十字剣を構え、2人の静止も振り切り廃墟から躍り出た。


「ちょっと! ヴァルターさん!」

「何者か知らんが礼を言う! 私はヴァルター。目的は同じだが今は共闘と行こう!」



07_対峙 ここは常夏のアンダムに潜む、突然の雪に白く彩られた絶海の無人島。

島の生存者が英国女王のダイヤモンド・クーへヌールを賭け、少女の前に立つ。



しかし何人が立ちはだかろうと、オートマタ・バイラビは動じない。
自らの本文を全うするのみに動く。

足元に穿たれたクナイダートを引き抜くと、乾燥パスタでも扱うかのように手のひらで折り棄てた。



「目標の戦力を再修正。出力最大。殲滅を開始」


 
 



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原案・文章(マイケル)
記事・管理(バレット)


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せーゆ
へい
シュウ
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第24話

本記事は2018年1月28日に行われた第3回スチームパンク武装撮影会のストーリーになります







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英国女王のダイヤ「クーヘヌール」捜索隊の生き残り、通信士モルゲンロートと博士ミーナ。


捜索隊暗殺の使命を負いながらも、自らの信念からセイヤンを裏切ったイェニチェリの子孫、ナルギレ。


スパイとして捜索者暗殺部隊に潜入し、クーヘヌールの奪取を目論んでいた帝国軍人、ヴァルター。


4人は崩れそうな廃墟の壁に身を潜めていた。


01_篭城 薄壁を隔てて4人を見つめるのは、小さな少女。


ゴシックな意匠の黒いドレスを纏い、少女は左手をこちらに向けている。


4人が手に入れようとしていたダイヤモンドは、瘴気から電荷を得る宝玉であった。


島から湧き出る無尽蔵の瘴気を電力に換えたそのダイヤで駆動する自動人形(オートマタ)。

名を、“バイラビ”と言う。



傍らには、体躯の中央に大きな穴を開けた死体。

島のコーディネータを装い、ファラメルディアスたち捜索隊を暗殺し続けた暗殺部隊の首魁。

今は無きムガルの民、セイヤンであった。


自らが起動した自動人形によって腹を抉り取られ、死に果てた。






02_遺体 「あのオートマタ、まさか荷電粒子を撃ってくるとはな」


首の汗を拭いながらヴァルターが瞠目する。

耳馴染みのない“荷電粒子”の単語に、ミーナのみが反応した。


「荷電粒子!? ではあの爆発は対消滅なのですね」


「ああ、あの閃光と爆発は間違いない。だがどの国も兵器としての実用段階に漕ぎ着けられていないはず……まさかムガルが隠し持っていたのか」


「信じられません。あの小さなオートマタの内部に粒子加速器があるとすれば技術的特異点並みの機構です」


信じられない、と言いながらもミーナの目は驚きと関心に満ちていた。

学術の徒として、未知の技術との遭遇は命の危険に勝る興味なのだ。


話について来られないナルギレが諫めるように2人の会話に割って入った。


「あー、楽しそうなところ悪いが。今起こった事について喋ってるなら俺たちにも分かるような言葉で話してくれないか」



「オートマタの左腕から射出された荷電粒子は対象物に接触するまで直進します。そこでエネルギーが爆発して粒子が対消滅を起こすことで……」


詳細を求められたと意気込むミーナの解説も、空回りするばかりだ。


「つまりどういうことだよ!」


やれやれ、とヴァルターが助け舟を出した。


「あの子の左手は莫大な電気エネルギーを光の速さで発射する大砲になっている。当たればどんな物質も分解されて消し飛ぶ。あいつの腹のように、だ」


ヴァルターがセイヤンの亡骸を指さす。


「唯一の救いが、あれだけ強力でも貫通はしないということだ。何か物にぶつかればその場で爆発が起きる。あの被害からすれば……直径30センチと言ったところか」


「こんな瓦礫の薄壁一枚でも、攻撃されるまでは俺たちを守ってくれるわけだな」


何百年経ったかも知らぬ廃墟の壁が、身の安全を保証してくれている。


「ああ、だからこそあの子はこちらを攻撃して来ない。電荷の再充填には幾らかの時間が必要なはずだ。無駄打ちを避けたがっていると言える」



「しかしずっとここにいたんじゃあジリ貧だ。腹も減れば眠くもなる人間と正確無比な殺戮人形。おまけにこの島にいる限りゼンマイは自動で巻かれ続けるんだろう? 先に隙を見せるのがどちらかは俺でも分かる」



誰もナルギレの言葉を否定しない。


バイラビは4人に向け左手を掲げたまま微動だにしていない。


お互いの視線は通ってはいない。

しかし時折風の鳴らす葉擦れの音、それ以外何も無い静寂が事態の膠着を証明していた。



「俺だってイェニチェリの子だ。馬上訓練は受けている」


ナルギレがマスク越しに笑って見せた。


「騎射をする時、一番大事なのは相手との距離を正確に読むことだ。止まっている的なぞ、目を瞑ってでも撃ち抜ける」



言うが早いか、ナルギレは崩れた岩壁から拳大の石を掴んで放り投げた。



瓦礫の壁越しに放たれたその一球は大きな放物線を描き、シェルターに座すバイラビに向けて違わず飛んで行く。


「――緊急迎撃」


バイラビの合成音声は大きな爆発音に掻き消された。


壁越しにも分かる強烈な閃光と音。セイヤンを貫いた一撃と同じものだった。



03_勝った ナルギレは勝利を確信し、瓦礫から躍り出る。


そこには左手から電気と熱を放散する、射撃直後のバイラビが立っていた。



「我はナルギレ! イェニチェリの裔、オスマンを再び輝かす者! 悪いがその左手切り落とし、クーヘヌールを貰い受ける!」



ナルギレの信念と口上を、バイラビは待たない。

オートマタは、自らを攻略せしめんとする対象を攻略するのみである。


「敵意を感知。再度の襲撃を予測。砲身の急速冷却および急速荷電開始」


04_再充填 「――――は?」



三度目の、閃光。

しかし今までとは違う、耳をつんざくような高音。


「ナルギレさん!!」


背後からモルゲンロートが叫ぶ。


ナルギレは振り返らない。

フードの上に陽炎を立ち上らせて、そのまま地面へと倒れ込んだ。






05_2キル 伏した頭部から、赤黒い染みが広がっていく。



ナルギレの作戦は間違っていなかった。

正確な投擲とそれを認識したバイラビの防衛反応による誤射。

充電中を待っての攻撃。



「対象の死亡を確認。目標致死レベルを修正。出力引き下げを承認」



過ちは、相手が唯の人形と侮っていたこと。


バイラビが、敵の急襲に際して出力と着弾箇所を即応する判断力を持っていたこと。


「が、学習している……!?」


「速射形態に移行」


機械仕掛けの女神は、ヒトを的確に殺す力加減を覚えてゆく。




 
 



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原案・文章(マイケル)
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第23話

本記事は2018年1月28日に行われた第3回スチームパンク武装撮影会のストーリーになります






 
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ダイヤ捜索隊、ミーナの首元にナイフを突きつけ、じりじりと下がるセイヤン。

隙を伺い、詰め寄るナルギレとヴァルター、そして通信士のモルゲンロート。


しかし、追い詰めているわけではない。

状況を打開できないまま、一定の距離を近寄れずにいるだけだ。


01_追い詰めたぞ そして5人は、セイヤンの導くまま、広場へとたどり着く。




広場の中央には、それまでの遺跡やジャングルでは見られなかった、鉄と樹脂で作られた無気味な構造物が置かれていた。

それは、寂れたシェルターのようにも、朽ちた巨鳥の卵のようにも見えた。




02_シェルター そしてその上に、小さな子供。

静かに体を横たえたまま、眠っているように見える。

息をしている気配はない。




03_寝ている セイヤンはミーナを拘束していた腕を解き、モルゲンロートに向かって突き飛ばした。


「きゃっ!」

「だ、大丈夫ですか?」



04_大丈夫か 介抱するモルゲンロートを庇う位置に立ちながら、ナルギレはセイヤンに詰め寄った。


「抵抗は諦めたのか? ならば大人しくクーへヌールを渡せ!」



セイヤンは腰に提げた小箱を開いた。

取り出されたのは、ブリリアントカットに青く煌くダイヤモンド。




05_自慢 それは紛れもなく、英国を照らし西洋諸国を統べる象徴。

子供が玩具を自慢するかのように掌で弄んでいたセイヤンが、にわかに激昂した。


「誰が貴様らに渡すものか!」



06_誰が渡すか 「英国から総てを奪われたムガルの民の心が分かるか!」


「……!!」


全員が口を噤んだ。

1858年、インド諸侯の相互の争いに積極的に介入し最終的に全ての戦争に勝利した英国は、軍事力で圧倒したまま総督を据え、英国領として独占的にインドを“買い取った”。

一時は大陸全土に版図を広げる勢いだったムガルの滅亡は誰もが知るところだった。


「セイヤンさん……。あなたはムガル帝国の人だったんですね」

ミーナが口を開く。



「そうとも。私は東インド会社のスィパーヒー(傭兵)にして、ムガル反乱政府の暗殺部隊長、セイヤン。セイヤン・ハーンだ」



セイヤンの真の名に、瞠目するナルギレ。


「ハーン……!? お前、まさかバフト・ハーンの一族か!?」

「バフトハーン……?」


事情の飲み込めないモルゲンロートにヴァルターがフォローを入れる。

「バフト・ハーン……インドで起こった大反乱、セポイの乱の首謀者、反乱政府の総大将だ」


「紹介ご苦労。いかにも。このダイヤはインド大反乱の折、女王暗殺のため英国に渡った際に奪い取ってきたのだ。ガラス玉とすげ替えてな」


「ダイヤは奪えたが、暗殺も反乱も……失敗に終わった。皇帝は流刑され、あの女王は今も私たちの美しいモスクや廟堂を破壊し、金糸の織物を売り捌き、民が餓えに喘ぎながら育てた紅茶を飲んでいる」




07_ドヤア セイヤンはクーへヌールを握りしめ、高々と拳を挙げた。

それは個人の怒りでなく、滅ぼされた亡国の慟哭そのもの。


「ならば! ならばひとつくらい返してもらおう!! ああ! 誇り高きパンジャーブの大地から産まれた光の山、クーヘヌールを!!」

幾人もの命を落としてもファラメルディアスが追い求めた捜索対象。

人質を開放し、刃を突きつけられながら、それを捜索隊の前に見せつけてなおセイヤンは動じない。

むしろ、王手を掛けたのが自分であるかのように笑っている。




08_どうする気だ 「それをどうする気だ!!」


「嘆かわしい! 救いようのない無知どもめ! このダイヤが放つ“光の山” が老いさらばえた女王が持つべき物ではない証を見せてやる!」

朝日に照らされたダイヤが一際に青く輝く。


その明滅に呼応するかのように、寝かされた少女の胸元にあるネックレスのような意匠が動き出す。



セイヤンは少女に向き直ると、ダイヤをそっと胸元に置いた。

ネックレスの爪が持ち上がり、静かに掴んで、ダイヤはあるべき場所に収まった。


09_装着 ヴィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ…………



駆動音が辺りに響き渡ると、白磁のような肌にうっすらと紅が差され、少女はゆっくりと体を持ち上げた。


「自動人形(オートマタ)……?」


ミーナがひとりごちた。


10_むくり 生気の感じない口元と、半分を鉄機のゴーグルに覆われ、眼差しの分からない顔は沈黙をたたえたまま。

丁重に飾られた人形のように、静かに正面を向いていた。

しかし、歯車じかけのオートマタとは一線を画す、滑らかで無駄のない動きだった。



「は、よく躾けられた子供だな。そんな玩具を動かすために女王からダイヤを奪ったのか?」




「いやナルギレ、違う。核電金剛石の本当の力は……!」


11_違う 「流石ヴァルター……いや当然か。探し物の本当の意味ぐらい知っているよな!」


「その通り、この人形はダイヤに動かされている。そしてこの島の地殻には大量のニッケルの同位体が含まれている! そのニッケルが出す瘴気を電荷として蓄えているのがこのクーへヌールという訳だ」



「島の瘴気を存分に溜め込んだクーヘヌールを動力源とするこの小さな体には今、9000億ジュールに相当するエネルギーが溜まっている」


「……9000億!?」


9000億ジュール。

この産業革命時代にあってまだ実用段階にない最新の爆薬、トリニトロトルエン200トン分だ。


この島を10回灰塵に帰してなお余る熱量が、小さな少女の胸元に蓄えられている。


「それこそが英国女王の笏に収まるような飾り物ではない、クーヘヌールの真価なのだよ。大掛かりな石炭と蒸気の時代は終わりだ!! 我々はこの島から無限のエネルギーを得て、世界を支配する!!」


少女は産業革命を起こした蒸気機関を優に越える技術特異点であり、破壊兵器であった。
そして英国の秘宝、クーヘヌールはそのエンジンとして盗まれたのだった。


「電気人形、汝の名は”バイラビ”! それはあらゆる望みを叶える女神! さあ! ムガルを滅ぼした全ての敵を! 英国を! 世界を悉く焼き尽くすのだ!!」


12_第3部完 「認証」



少女が



小さくつぶやいて



ゆっくりと



左手を挙げる。




13_発射
掌がダイヤの発する、同じ青に色づいた瞬間。




影すら包み込む眩い光が爆発し、全員の視界が奪われる。

網膜を焼き切らんばかりの光の中で感じられたのは、落雷のような轟音と爆風。




反射的に目を背けた4人が再び顔を上げると、そこには変わらずセイヤンが立っていた。



だが



セイヤンの胴体、その中央に大きな空間があった。

14_大穴 丸く切り取られたかのように人体のそこにあるべきあらゆる筋肉、臓器、骨が無い。


「……ぁ?」



断末魔をあげる暇も与えられず、糸の切れた人形の如く崩れ落ちる。


バイラビと呼ばれた機械人形の左手からは未だバチバチと電気が迸り、放熱と思われる陽炎が立ち昇っていた。


バイラヴィー。

それはインド神話に登場する十大女神マハーヴィディヤーの一柱。
輝く広大な知識を持つ者と崇められる女神の中でも、破壊と創造を司る。

創造のために手段を選ばない破壊を起こす、無慈悲な女神である。



「ヒィッ……!!」


何が起こったかを認識したモルゲンロートが口元を押さえる。


バイラビがその声に4人の方を向く。

たった今存在を認識したかのようにゆっくりとした動作で、再び左手を持ち上げた。




「荷電再開」



15_逃げろ 「まずいぞ!! 退け!!」





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原案・文章(マイケル)
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第22話

本記事は2018年1月28日に行われた第3回スチームパンク武装撮影会のストーリーになります


00_ロゴ~モルゲンロートの手記~

夜中に目が覚めてしまった。

ザクローゼンさんが死んでしまった。

そして、私も人…人とは呼べないかもしれないけど、血の通った相手を撃ち殺してしまった。

血を噴き出し、苦しんで、死んでしまった。
でもその時は怖くて、精一杯だった分、いくらか冷静だった。

我に帰ったのは、蛇や鳥が一斉に何かから逃げていくのを見た時。

理由はすぐに分かった。

森の向こうから、何かが燃える臭いがしてきていたから。

銃撃戦の火薬の残り香にしては長いと思っていたのだけど、動物たちが逃げてきた方向から
匂いが強まっていることで、それが火事だと気付いた。

ここまで燃え広がる前に港のほうに逃げようと立ち上がった矢先、大粒の雨が降ってきた。

短い時間だったけど、スコールは森の向こうの火事も匂いも洗い去ったようだった。


私はキャンプ場の無事が気になって、走って戻った。

キャンプ場の調理場で、人が死んでいた。

一番激しく燃えて、何もかもがボロボロに焼け焦げていたのが調理場だった。


ラバナーヌさんだった。

そこで私はやっと泣いた。悲しくて、心が痛くて、感情の置き場をどこにやれば分からなくなって、ただただ泣いた。

私がザクローゼンさんを呼んで離れてなかったら、襲われずに済んだんじゃないか。ラバナーヌさんを1人にさせたから、火事になったんじゃないか。
私のせいなのかもしれない。私が・・・・




手記はここで途切れる。モルゲンロートが筆を止めたためだ。





彼女はそれまで寝転がっていた体を起こした。どこかから、短くとも壮絶な叫び声を聞いたからだ。

絶叫の聞こえた方は、暗く深い闇の中だった。


涙をいっぱいに溜めた目を擦ると、ゴーグルを掛けた。

モルゲンロートのゴーグルは暗視性能を持っている。工業製品の廃棄場近くに暮らしていた彼女は、朝な夕な廃棄場からジャンク品を拾っては修理・改造し、生活の糧としてきた。

ゴーグルもまた、捨てられた軍用品を直したものだ。



息を殺し、声を聞いた方角に向けて、赤外線を照射した。

クリック音を出すことすら躊躇いながら、感度を上げていく。


おぼろげに映し出されたのは、2人の人間のシルエット。重なりあってよくわからなかったものが、片方が倒れ込んだことで、はっきりと知覚された。


地面にくずおれた痩せぎすの男と、ハットを被った小太りの男。


見違うはずもない。ゴーグルに映し出されたのは、セイヤンが翡翠を殺したその瞬間だった。


全てを知ったモルゲンロートは縮こまり、ただただ夜が過ぎるのを待った。




永遠のような長い時間を恐怖に包まれながらもだんだんと空は白け、何事もなかったかのように朝は来る。




01_帰りましょう 「モルゲンロート様、ミーナ様、おはようございます。少しでもお休みになられましたでしょうか」

「ええよく眠れました。昨日の暗殺者襲撃でひたすら走ったためだと思います。夜警にご協力できず申し訳ありません」

ミーナが早口で謝罪した。

「とんでもない! 現地コーディネータとして皆様の安全のために努めるのも、ザクローゼン様から承っている私の仕事ですから。翡翠様の協力もあって私も寝ることができましたしね」

セイヤンは努めて明るく答えた。


「そういえば翡翠さんはどちらに」

モルゲンロートは俯き身を竦めていたが、翡翠の名を聞いてさらに体を強張らせた。

「そのことなのですが……おふたりにひとつご報告があります。皆様が上陸された際に使われたボートが流されてしまっていたようです」

「しかしご安心を。私がここに来るために使ったボートがもう一艘ございます」


モルゲンロートは小さく震えている。


「元々荷物を載せてやっとの小さな舟のため4人が乗るのは難しいと判断し、先ほど翡翠様をお連れして最寄の港までお送りして戻ってきたところなのです」


全てが嘘だった。

「次はおふたりがお乗りいただき、港に着いたら誰かに船を届けるよう依頼いただけますか? 私はそれをお待ちして最後に皆様の荷物と移動いたします」

小舟には細工がされているのだろう。

途中でエンジンが止まり漂流するか、沈むか。
どの道、自分たちを見逃すはずがない。


そう確信したモルゲンロートは堰を切ったように泣き崩れてしまった。

困惑するミーナ。セイヤンは突然の涙に面食らいながらも、これ以上のパニックを避けようと事態を進めようとする。


「ささ、こんな恐ろしい島とはおさらばです。船着場に参りましょう」

「いやぁっ!!」

怯え切ったモルゲンロートには恐怖でしかない。

セイヤンが腕を取ろうとした瞬間、突き飛ばされてしまう。

「このっ……!」

平静を装っていたセイヤンも、明らかな拒否反応に顔を歪めた。

一触即発。



すると突然、どこかから声がした。


「生まれた国、育った家、残した言葉、この仕事……。何もかも中途半端で、何が正しいかわからなかった」


茂みの向こうから、マスクの男が姿を現した。


02_そこまでだ 「だが目の前にある女の涙を見過ごせるほど俺は非情じゃない。俺は、俺がいま何をしたいかは判ったよ。俺は、自分の力でダイヤを手に入れる」


捜索隊暗殺チームの1人、イェニチェリの末裔ナルギレが立っていた。

迷わずスラリと腰のヤタガンを抜く。


その鋒は、ダイヤ捜索隊の2人にではなくセイヤンに向けられた。



セイヤンがナルギレの方に向き直り、呆れた表情で嗜める。


03_裏切り 「ハハハ! 誰かと思えばナルギレ、お前か。ボヤ騒ぎは徒労に終わったぞ。ほら、誰も死んじゃいない」


「そりゃあ良かった。これ以上ここで殺しはしたくない。できればお前もだ」


パニック状態のモルゲンロート、剣を構える暗殺者と思われる男、男と知った仲のセイヤン。


異常な光景とそこから導き出される必然的な結論に、ミーナが思わず口をつく。

「セイヤンさんあなたは……」




04_動くな 「大人しくしてろ!! 」

セイヤンがミーナを羽交い締め、ナイフを首に突き立てる。


「お前ら動くな! 用心棒も依頼人も殺して、俺1人で最後の2人を始末する……そう思って追い詰めてたのによぉ! お前のセンチメンタルで総てがパァだ!!」



「残念だが、追い詰められているのはお前の方だセイヤン」


物陰からもう1人男が現れる。



05_加勢 プロイツ帝国軍人、ヴァルター・フォン・クロンベルクである。

ヴァルターは捜索隊を暗殺するため、セイヤンが組織したチームの1人だった。
2ヶ月前に上陸した先遣隊の雪柳との交戦後、消息を絶っていた。



「核電金剛石・バーグリヒト奪取のため拘束させてもらう。大人しく投降するなら捕虜の保護は陸戦協定に則ってやろう」


バーグリヒトとは、クーへヌールが持つ「山の光」という意味の帝国語である。

捜索隊の依頼人であるザクローゼンと同様にダイヤの存在を嗅ぎつけた帝国からの命を受け、クーへヌールを奪取するために遣わされたスパイであった。

悪辣なセイヤンの命に従うように見せながらも、刺客たちが先遣隊を殺害した後、身を隠していたのだった。




06_ゲッヘッヘ セイヤンが醜悪な笑みを浮かべる。その顔に、部下が寝返った驚きは無い。

「ヴァルター、どこに隠れていたかと思えば……やはり犬に帝国は裏切れないか!!」


ヴァルターがロングソードを最上段に構える。

重く長い鋼の塊がセイヤンを威圧するが、ミーナの喉元に突き付けられた刃は下がらない。


「おっと動くなよ! お前ら甘ちゃん共の性格はよく知ってる。この小娘の命が惜しければ下手な真似はしないことだ」




08_動くなよ 構えこそ解かないものの、ヴァルターもナルギレも膠着を脱することができなかった。

捜索隊が瓦解した今、ミーナを死なせる理由がない。
義を重んじる軍人と情に厚い男2人にとっては、個人の信条が邪魔をする。

「さあ、見たくばそのままついてこい。クーヘヌール、その本当の使い途を教えてやる!!」


セイヤンが叫んだ。








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原案・文章(マイケル)
記事・管理(バレット)


カメラマン(以下の皆様の写真を掲載させて頂いております)
せーゆ
へい
シュウ

第21話

本記事は2018年1月28日に行われた第3回スチームパンク武装撮影会のストーリーになります



00_ロゴ 英国女王から秘密裏に奪われた幻のダイヤモンド、クーへヌール。
その奪還を狙う捜索隊を燻り出そうと企てられた火災は、一陣のスコールにより消し止められた。


捜索隊を挟撃すべく森の出口で待ち構えていた爆弾魔、マッドを返り討ちにした翡翠とミーナは、野営地へと急いだ。


そこで見つけたのは、ラバナーヌと思われる焼死体。
その横で泣きじゃくるモルゲンロートと、彼女をどうすることもできずにおろおろと立ち尽くしていたセイヤンの姿であった。


半ばパニック状態のモルゲンロートを翡翠がゆっくりとなだめる。


ぽつりぽつりと彼女の口から零れたのは、彼女が心神喪失するに余りある悲惨な事実だった。


モルゲンロートの通信機器がこの島に来て機能しなくなったこと。

それをファラメルディアスに打ち明けた矢先、圧力計の頭をした男に襲われたこと。

ファラメルディアスの死と、咄嗟の判断とは言え殺人を犯してしまったこと。

火事に気づき野営地に戻ってみると、ラバナーヌが死んでいたこと。



全てを打ち明けると、モルゲンロートは蹲み込んだまま動かなくなってしまった。

セイヤンが抱き起こし、乾いた地面に寝かせて自分の外套をかけた。


「依頼主のファラメルディアス様が亡くなられた今、捜索を続ける理由はございません。……モルゲンロート様は外傷はないものの、心身共にお疲れのご様子。明日の朝日を待って、島から出ましょう」

セイヤンの提案に、ミーナも翡翠も反論することはなかった。


男2人は火事の難を逃れた毛布と缶詰を跡地から見つけ出し、朝日が昇るまで交代で夜の番をすることにした。

ミーナは自分も番をすると言って聞かなかったが、まずは先に休むように言われて毛布をかけるとすやすやと眠りに落ち、起きる気配はなかった。


01_占い 深夜、翡翠は倒木に腰掛けて空を見上げていた。

ガラス製のアストロラーべを取り出す。今は午前2時だ。


ヘンゼル、ポワゾンが殺され、今日はファラメルディアスとラバナーヌが死んだ。

もはや英国女王のダイヤを探すどころか今晩を無事に生き残れる保証さえ無い。


ポケット水晶を取り出す。
青い球は眩い月の光とおぼろに反射する雲を受けて、地球儀のように斑にきらめいた。

翡翠はふと、昔に仕えていた主人の言葉を思い返す。



翡翠はかつてヨーロッパ小国に、宮廷の楽団員をしていた過去があった。

楽団員といえど儀典ばかりの堅苦しい仕事が嫌になった翡翠は、食事を絶って病を装い、仕事を辞めて国を出た。
今となっては占いや歌や芸で日銭を稼ぐ、気ままな吟遊詩人である。



02_かつては 音楽家でありながら、科学的見地……特に星見の知見があった翡翠は、ある時に王の戯れで「驚異の部屋」に通されたことがあったという。

その部屋は先代のコレクションで溢れ返っていたが、国王はガラクタの物置だと揶揄した。

世界中の奇本を集めた本棚に囲まれ、部屋の中央には水晶でできた大きな地球儀が鎮座し、紺碧に塗られ海とも宇宙とも言えないドーム型の天井には星座と魚の標本が漂っていた。


「地球は、宇宙から見れば青く輝いているのだという。この足元がか? 私には険しい山々と、税に喘ぎながらも必死で生きようとする民しか見えぬ」

王は自嘲気味に笑った。

「王は神ではない。唯の国の代表者だ。空想に囚われず、私の両眼で見えるところまでを治める範囲として、地に足をつけて政務に勤めねばならない。……だから我が国は狭いのだろうがな」



あの青い水晶の地球儀が指すどこかに自分は立ち、死の危機に瀕している。

たったひとつのダイヤのために、用心棒、医者、料理人、依頼主が斃れた。

自分にできることはなんだ?
楽器はマッドとの戦いで壊れた。

残されたものはなんだ?

握っていた水晶を覗き込む。


水晶占いとは、球体に映り出るイメージから未来を見出す占術である。

見出し方に明確なルールや正解はない。
結局のところ、水晶を通して歪んで見える色や形を見ながら、相手の思いや自分の思考を整理する手段に過ぎない。


俺たちは何故恐れているのか――いま、自らの死を間近に感じているからだ。
死に慄くのは、この島に潜んでいる刺客がいるからだ。
4人が殺され、放火までされた。マッドと手を組み、火をつけた人間が未だに潜んでいる可能性がある。ここは危険なのではないか?

しかし、今のところ誰かが闇に乗じて襲ってくる様子はない。
来ないのならば、火をつけた方の刺客はマッドが殺したか、炎に飲み込まれ死んだと思っているのだろうか。

ラバナーヌとは言え亡骸と一緒に寝るのは気持ちの良いものではないし、何よりモルゲンロートが怯えてしまうだろうと移動させようとした時に見た遺体の胸には――正視できなかったが――大きな傷跡があったように思えた。
おそらく刺客が斬り殺したのだろう。

刺客が火をつけた際にすでにラバナーヌが死んでいたのであれば、あのキャンプ地に残っている人間はセイヤンしかいない。自分はミーナと、モルゲンロートはファラメルディアスと外に出ていたのだから。
1人を炙り出すために森に火を放った?


――いや、それどころか、あの時、キャンプ地には誰もいなかった。


翡翠は思い出す。セイヤンはあの朝、見回りの番だった。


03_推理 続け様に思考が押し寄せる。

最初の違和感はこの島に上陸した時だった。
俺たちを雇った貴石屋・侘助が、ファラメルディアスが連れてきたというコーディネーターを見る目がどうも奇妙だった。

初めて見る人間の品定め以上に、あれは警戒の視線だったではないか。

04_回想1 次の違和感は、ガットリングガンを携えた虚無僧、鏘園に襲われた時だった。
初めての襲撃を受け、ヘンゼルとファラメルディアスの号令で俺たちは逃げた。
モルゲンロートは身を挺して捜索隊を守ってくれたヘンゼルを心配し泣き叫んでいた。
彼女が特別泣き虫なわけじゃない。用心棒のヘンゼルや従軍経験のあるファラメルディアスならいざ知らず、俺たち一般人が命の危険に晒されて平静でいられる方がおかしい。

その時、あいつはどんな顔をしていた?
05_回想2 違和感はまだある。
ヘンゼルが殺された時の絶望は半端じゃあなかった。
鏘園を返り討ちにした最強のヘンゼルが、朝起きたら死んでいたんだから。
ラバナーヌが竦み、ファラメルディアスが腰を抜かしていた。
普段から人の死に立ち会う、医者のポワゾンだけが冷静だった。
06_回想3 ……いや、もうひとり棒立ちの男がいた。
思い出した。


あの瞬間、俺は確かに見た。
あいつの顔を。
07_顔 目の前の死を何とも思わない、転がった空き瓶を見るような冷たい目を。




右手に持っていたガラスのアストロラーべに、人影が映った。

振り向くと、セイヤンがにこやかに立っていた。
08_交代ですよ 「お、もう交代ですか?」

「ええ、ゆっくりとお休みください。毛布は昼の火事で燻されて煙かったのですが、無いよりはマシでした。翡翠様もお使いになると良いでしょう」

セイヤンは優しく翡翠の肩に手を乗せた。

「へへ、お気遣いどうも。ところで……」


翡翠が、唾を飲み込んで乾いた笑いを浮かべる。



「ヘンゼルも、鏡か何か持ってりゃあ、俺みたいに気付けましたかね。あんたに殺されるって」

「そうかもしれませんね。でも、最後は同じこと」




09_同じこと セイヤンが翡翠の肩を引き寄せ、ナイフを振りかぶる。
捜索隊の用心棒、ヘンゼルを殺害した凶刃が月夜にぬらりと光った。

瞬間、翡翠はアストロラーべを地面に叩きつけ、セイヤンが刺すより疾くガラスの断面で自分の背後を切り払った。

ガラスの刃がセイヤンの右手を捉える。

咄嗟の翡翠による反撃の勢いに負けて、ナイフは手から弾け飛んだ。
しかし、肉を斬った感触はない。袖の中にある何か硬いものとぶつかり、手に持ったガラス片は粉々に砕けてしまった。

体勢を立て直そうとする翡翠。しかしそれを相手は許さない。

背後から首を掴まれ――


10_銀腕
「がぁっ・・・・・!!」

自分の胸から、銀色の腕が生えた。
一瞬遅れて、血飛沫がそれを真っ赤に染める。
セイヤンの背後から、もうもうと排蒸気が立ち込めていた。

「毛布には睡眠薬を染み込ませていました。ナイフにも即効性の毒がね」

セイヤンが“銀腕”を引き抜くと、肺が血で満たされた。挽き潰された心臓から、大量の血が堰を切ったように飛び出した。

「さっさと帰らなかったから、帰る前に気付いてしまったから、……気付いて抵抗するから、貴方はこんなに苦しまなければならなかった」

ごとん、と水晶が地面に落ちた。
後を追うように、翡翠も頭から地面に倒れ込んだ。



11_死亡 「誰にも、英国にも、このダイヤは渡さない」





川辺に、全身血塗れの男が立っていた。

男は川に入り、サファリハットを水に浸し、それで顔を拭った。
揃いのサファリジャケットを脱ぐと、服と自らの浴びた血をざぶざぶと洗い落としはじめる。


赤黒く染まった右腕が雪がれ、正しい色へと戻ってゆく。

男の上腕から先には、銀色の義手が接続されていた。

皮手袋を填めなおす。


川の水はほんの少しだけ赤く濁ったが、絶え間ない流れはすぐに証拠を消し去っていった。


 






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